●CRMの“有効性”(Justification)とは
CRMとは、一般的に顧客データの一元管理と企業全体における顧客関係の改善であるといわれている。どのようにIT活用をすれば顧客が最も満足し、長期的な取引関係が持続されて利益(バリュー)がアップするか、これに応えるのがCRMだとされる。本著ではこうした一般的なCRM論を超えて、なぜ今それをどの課題から優先的に行うべきかを問い、バランススコアカードのような形で到達地点を明確にするノウハウを紹介している。 CRMシステムを経営の現場に導入した場合に、具体的な「数値」からその「有効性」(justification)をどのように掴み、価値(バリュー)とコストの改善に繋げていくのか。まさに、CRM導入をこれから計画する実務担当者や、すでにIT構築はしたが成果が今ひとつ…という経営者には必須のCRM入門書といえるだろう。
著者のピーターセンは、98年に「SFA顧客指向の営業革新」(東洋出版)を出しており、本書はそのCRM版の続編とみなせるものだ。 ただし、ここで留意しておきたいのは、著者はSFAを営業支援システムの仕組み自体とみなし、CRMは営業支援をどういう形で実現するかという方法論として述べていることだ。そのため、原著ではSFAという用語がCRMと同じ文脈で使われたりしているが、日本ではこうしたCRMの区別をしていないため混乱する部分もある。たとえば、CTI(コンピュータテレフォニーインテグレーション)というハード面の仕組みをCRMとして語ることも日本では多いのだ。そういうわけで、翻訳のさいに原著のSFAという用語を一部CRMと置き換えて内容を一貫したものに直している。
ふたつめは、SFAの延長から現在のCRMが浮上してきたのではないことである。初期のSFA論は基幹系システムと営業部門のそれの“統合“が関心事であり、そこでのワークフローをいかに効率化するか、いわばIT内部の問題を解決しようとしていた。だからこそ、既存業務の延長としてセールス部門のオートメーション化と効率アップを重視していたわけである。また、営業部門よりも主に情報システム部門が解決の担い手だった。
ところが、今や時代は企業の外にある市場そのものが「顧客志向」を求め始め、あらゆるサービスとビジネスがそこを避けて通れない事態となってきていることだ。従来の営業の効率化が目的だというのでは競争優位を維持できないばかりか、企業の存続さえ危うくなってきている。この事態こそ、ピーターセンが述べる「顧客志向」の持つ現代的な意味ではないだろうか。
80年代後半に注目され始めたSFAは、基幹システムを備えた製造系の大手企業ユーザが対象であり、そこでの“システム側の矛盾”を解決しようというものだった。しかし、90年後半から登場し始めたCRMは大手だけではなく、サービス産業と中小企業も巻き込む“ビジネス基盤の矛盾”を解決しようとするものだといえるだろう。そういうことからすれば、SFAとCRMのそれぞれが背負っている矛盾とその解決の内容には天と地ほどの違いがある。その解決の担い手もCRMでは情報システム部門から営業や経営のトップ層へ変化し移っている。
たとえば、その特別な「変化」として次のようなことがいえるだろう。営業現場では→個人の能力依存型の営業から、よりシステム的なチーム型の営業支援の仕組みへ。
CTIでは→テレフォン苦情受付のコールセンターから、顧客特性に応じたeカスタマーケアセンター等へ。
マーケティングでは→企業中心のマスマーケティングから、顧客志向のコミュニティ創造へ。
●「連関」(Relationship)と「顧客志向」(Customer Centric)の視点
最後のキーワードとしては問題なのは、ピーターセンがいうRelationship(関係)とは何かである。企業と顧客の2者の関係だけではなく、モノの流れと企業群、顧客群の因果関係の繋がりであり、複合的な「連関」をピーターセンは問題にしている。 日本では「お客様は神様…」と呼び、営業担当側が顧客に奉仕することを「顧客中心」と呼んできた経緯がある。 そこでは「企業v.s顧客」の“2者関係”のみが問題となっていた。
プレミアム時代の今、CRMの著作もピーターセンが執筆してからすでに1年以上のギャップがある。 たとえば、その間にWebを使った逆オークションのプライスライン社は、顧客が条件を付けてそれに合致した企業が販売する仕組みをビジネスモデル特許にした。また、日本国内でも「インターネット生協」と呼ばれるネット上の生協、顧客側でまとめ買いを共同でする組合が東京で初めて認可を受けた。こうした顧客が価格決定を主導して市場を創造していく動きは、これまでの顧客満足論をベースにした企業側からの「顧客中心」ということとは明らかに違う。 著者の「Customer Centric」という用語の字義どおりの意味は「顧客中心」であるが、それをあえて「顧客志向」という訳を充てたのも、顧客志向の市場変化をピーターセンが的確に捉えてCustomer
Centricの用語を使用しているからである。
本著でいうCRMの解決手法は、顧客満足度を上げる結果自体を問題にするのでなく、そのプロセスで何が顧客との「連関」を改善し収益アップにつながるかを具体的にみることから出発する。これを経営財務のレベルから手法化したのが、いわゆるバランススコアカードなのである。
こうしたカード式評価の方法は、欧米でも90年代になってから注目されはじめた段階のため、「指標の設定」とその数値化などのノウハウなどまだまだ日本では未熟なところが多い。とくに投資ということに限定したスコアカードでなくて、IT利用によるビジネスモデルの革新がどういうバリュー効果を経営全体の中で創造していくのかなどの指標が必要だろう。本年4月に発足した「CRM協議会」でも、「CRM評価プログラム」の共同開発事業に取り組んでいるので今後に期待したい。
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